竹の中で見つかったかぐや姫は、なぜ育ててくれた翁夫婦(おきなふうふ)を残し、月へ帰ってしまったのでしょうか。
本記事でいう「翁夫婦」とは、かぐや姫を育てた竹取の翁(おきな=年老いた男性)と、その妻のことです。原文では、妻は嫗(おうな)と表されています。
「地上の生活が嫌になったから」
「帝の求婚を断るため」
と想像されることもありますが、原作『竹取物語』では、別の理由が語られています。
かぐや姫は月の都で罪を犯し、地上で過ごす期限を終えたため、月から迎えられました。
ただし、かぐや姫がどのような罪を犯したのかは、原作にも書かれていません。
この記事では、『竹取物語』の原作をもとに、かぐや姫が月へ帰った理由、天の羽衣、不死の薬、富士山へと続く結末を分かりやすく解説します。
物語に登場する帝(みかど)とは、当時の天皇にあたる人物です。かぐや姫の美しさを聞いて求婚し、のちに彼女から手紙と不死の薬を託されます。
※本記事では、平安時代に成立した古典『竹取物語』を扱います。映画『かぐや姫の物語』など、後世の作品で加えられた設定とは区別して紹介します。
かぐや姫が月へ帰った理由
かぐや姫が月へ帰った直接の理由は、地上で罪を償う期間が終わり、月の都から迎えが来たからです。
月から来た天人は、竹取の翁に対し、かぐや姫が罪を犯したため、しばらく地上で暮らしていたと説明します。
そして、罪を償う期限が終わったので、月へ連れ帰るのだと告げました。
つまり、かぐや姫は翁夫婦を嫌ったわけでも、地上での暮らしに飽きたわけでもありません。
むしろ原作では、月へ帰る日が近づくにつれて涙を流し、翁夫婦との別れを悲しむ姿が描かれています。
月への帰還は、かぐや姫自身にも避けることのできない運命でした。 立教大学の『竹取物語絵巻』解説でも、かぐや姫は月で犯した罪の償いを終え、迎えによって昇天したと説明されています。
『竹取物語』はいつ書かれた?
『竹取物語』は、平安時代初期に成立した作者不詳の物語です。
成立時期には幅がありますが、一般には9世紀末から10世紀初頭ごろと考えられています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 竹取物語 |
| 成立 | 平安時代初期 |
| 成立時期 | 9世紀末~10世紀初頭ごろ |
| 作者 | 不詳 |
| 主人公 | なよ竹のかぐや姫 |
| 月へ帰る日 | 旧暦8月15日 |
『源氏物語』の「絵合」の巻では、『竹取物語』は「物語の出で来はじめの祖」と評されています。
現存する日本最古級の作り物語として、その後の日本文学に大きな影響を与えた作品です。
原作『竹取物語』の結末を順番に解説
『竹取物語』の最後は、かぐや姫が月へ帰るだけでは終わりません。
そこには、翁夫婦との別れ、天の羽衣、帝に残した手紙、不死の薬、そして富士山へ続く物語があります。
8月15日に月から迎えが来る
かぐや姫は8月が近づくと、月を眺めて涙を流すようになります。
心配した翁が理由を尋ねると、かぐや姫は、自分がこの世界の人間ではなく、月の都から来た者であることを明かします。
そして、旧暦8月15日に月から迎えが来ると告げました。
翁夫婦は、長年大切に育ててきたかぐや姫を失いたくありません。
翁は帝に助けを求め、月からの使者を追い払おうとします。

帝が送った二千人の兵も動けなくなる
帝は、かぐや姫を守るため、二千人の兵を翁の家へ送ります。
兵たちは屋根や塀の上に配置され、弓矢を構えて月からの迎えを待ちました。
しかし、真夜中になると、周囲が昼よりも明るくなるほど強い光に包まれます。
月から来た天人を前にすると、兵たちは力を失い、弓を引くこともできません。
かぐや姫の部屋の戸も自然に開き、地上の人間には、月の使者を止めるすべがありませんでした。
立教大学の絵巻解説にも、帝の命によって二千人の六衛府の兵が動員されたものの、天人の来迎を阻止できなかったとあります。
天人がかぐや姫の罪について語る
月から来た天人は、泣き悲しむ翁に、かぐや姫の素性を説明します。
かぐや姫は本来、月の都に住む者でした。
しかし、罪を犯したため、しばらく身分の低い翁のもとで暮らしていたというのです。
罪を償う期限が終わったので、迎えに来た――。
これが、原作に書かれている月への帰還理由です。
ただし、何をして罪に問われたのかは語られません。 国立国会図書館のレファレンス資料でも、罪によって地上へ来たことと、期限を終えて月へ戻ったことは確認できますが、罪の具体的な内容までは示されていません。
天の羽衣を着て月へ帰る

天人は、かぐや姫に不死の薬と天の羽衣を用意します。
天の羽衣を着ると、かぐや姫は地上で抱いていた悲しみや、人々への思いを失ってしまいます。
そのことを知っていたかぐや姫は、羽衣を着せられる前に、翁夫婦と帝へ別れの言葉を残しました。
そして帝には、手紙と不死の薬を託します。
やがて羽衣を身につけたかぐや姫は、地上への未練を失い、天人たちとともに月の都へ帰っていきました。
かぐや姫が犯した罪とは?
『竹取物語』の大きな謎の一つが、かぐや姫の罪です。
罪を償うために地上へ来たことは説明されますが、罪の内容は最後まで明かされません。
原作には罪の内容が書かれていない
原作に書かれているのは、
- かぐや姫が月の都の住人である
- 罪を犯したため地上で暮らしていた
- 罪を償う期間が終わった
- 月の都へ戻る迎えが来た
という点です。
「恋をした罪」
「月の世界の決まりを破った」
「人間の感情を知るために地上へ送られた」
など、さまざまな説がありますが、いずれも後世の解釈です。
原作に書かれた確定した答えではありません。
罪の内容を考察した研究や書籍は複数ありますが、研究者によって結論も異なります。
地上に来た理由には二つの説明がある
かぐや姫自身は、翁に対し、前世からの縁によって地上へ来たと語ります。
一方、月から来た天人は、罪を犯したため、翁のもとで暮らしていたと説明します。
つまり、原作の中でも、
- 前世からの縁
- 罪を償うための滞在
という二つの表現が使われています。
これらが同じ出来事を違う角度から説明しているのか、それとも意図的に謎を残しているのかは、はっきりしません。
その曖昧さが、千年以上にわたって、かぐや姫の罪を考え続けさせる理由の一つなのでしょう。
映画などの設定は原作とは別
映画『かぐや姫の物語』をはじめ、現代の小説、漫画、絵本では、かぐや姫が地上へ来た理由に独自の説明を加えている場合があります。
そうした作品は、『竹取物語』の謎を想像力によって補ったものです。
それぞれの解釈を楽しむことはできますが、原作で罪の正体が明かされているわけではありません。
かぐや姫が残した不死の薬
月へ帰る直前、月から来た天人は、かぐや姫に不死の薬を差し出します。不死の薬とは、飲めば死なずに生き続けられるとされる薬です。
かぐや姫は薬を少し口にしたあと、育ての親である竹取の翁とその妻に残す形見の衣へ、薬の一部を包もうとしました。しかし、月から来た天人に止められ、実際には二人へ渡すことができませんでした。
その後、かぐや姫は天の羽衣を着る前に、帝へ別れの手紙と歌を書き、不死の薬の壺を添えて頭中将に託します。東京大学所蔵の『竹取物語絵巻』にも、天人が帝宛ての手紙と不死の薬を頭中将へ渡そうとする場面が描かれています。
かぐや姫が、なぜ最終的に薬を帝へ託したのかは、原作では詳しく説明されていません。手紙と歌に添えて渡したことから、帝への別れの思いを込めた形見の一つと読むことはできますが、恋愛感情が理由だったとまでは断定できません。
帝はなぜ不死の薬を燃やした?

かぐや姫が月へ帰ったあと、帝は手紙と不死の薬を受け取ります。
しかし、帝は薬を飲みませんでした。
愛するかぐや姫に二度と会えないのであれば、永遠に生き続けても意味がないと考えたからです。
帝は、天に最も近い山はどこかと家来に尋ねます。
家来は、駿河国にある山が最も天に近いと答えました。
そこで帝は使者を送り、かぐや姫の手紙と不死の薬を、その山の頂上で焼かせます。
永遠の命よりも、かぐや姫とともに生きられない悲しみのほうが大きかったのです。
『竹取物語』は、不老不死の薬を手に入れて幸福になる物語ではありません。
むしろ、不死の薬を自ら手放す帝の姿を描いて幕を閉じます。不死の薬を焼く結末については、永遠の命よりも人間の苦悩や限りある生を選ぶ表現として研究されています。
不死の薬と富士山の名前の関係
帝が不死の薬と手紙を燃やさせた山が、現在の富士山です。
『竹取物語』では、たくさんの兵士を連れて山へ登ったことから、その山を「富士の山」と名づけたと語られます。
ここには、
- 不死の薬の「不死」
- 多くの兵士、つまり「士に富む」
- 富士山の「富士」
を重ねた言葉遊びがあります。ジャパンサーチでも、不死と多くの士を掛けた語源譚として紹介されています。
ただし、これはあくまで『竹取物語』の中で語られる由来です。
実際の「富士」という名称の歴史的な語源が、竹取物語によって決まったという意味ではありません。国土交通省の資料によると、「富士」の文字は『竹取物語』より前の『続日本紀』にも登場しています。
物語の最後は、不死の薬を焼いた煙が、今も雲の中へ立ち上っていると伝えられている――という一文で結ばれます。

竹取物語の結末が伝えるもの
月の都には、不老不死の薬があります。
天の羽衣を着れば、悲しみや苦しみからも解放されます。
一見すると、月の世界は、老いや死のない理想郷のようです。
しかし、そこでは地上で育ててくれた人への愛情も、別れを悲しむ心も失われてしまいます。
一方、人間の世界には、老いも死も、別れもあります。
それでも翁夫婦は、かぐや姫と過ごした時間を大切に思い、帝は、かぐや姫のいない永遠の命を選びませんでした。
もちろん、これが作者の唯一の意図だったと断定することはできません。
それでも『竹取物語』の結末からは、永遠に生きることよりも、誰かを大切に思いながら過ごす限りある時間に価値があるというメッセージを読み取ることができます。
かぐや姫は月へ帰り、地上での日々を忘れてしまったかもしれません。
けれど、翁夫婦や帝の心から、かぐや姫と過ごした時間が消えたわけではありません。
大切な人と離れてしまっても、ともに過ごした時間まで失われるわけではない。
そんな静かな希望も、この千年以上前の物語には残されているのではないでしょうか。
『竹取物語』を原作に近い形で読んでみたい方へ
かぐや姫の物語を最初から最後まで読みたい方には、星新一訳『竹取物語 かぐや姫のおはなし』があります。
かぐや姫の成長、五人の求婚者、帝とのやり取り、天の羽衣までを、子どもにも読みやすい口語訳でたどれる一冊です。巻末には『竹取物語』の原文も収録されているため、物語を楽しみながら、原文にも触れられます。
古典を読むのが初めての方や、親子で『竹取物語』を読みたい方にも向いています。
よくある質問
まとめ
かぐや姫が月へ帰ったのは、地上を嫌ったからではありません。
月の都で犯した罪を償う期間が終わり、月から迎えが来たためです。
覚えておきたいポイントは次のとおりです。
- かぐや姫は月の都の住人
- 罪を償うため、一時的に地上で暮らしていた
- 何の罪を犯したのかは原作に書かれていない
- 帝の兵でも月からの迎えを止められなかった
- 天の羽衣を着ると、地上への思いを失った
- かぐや姫は帝へ手紙と不死の薬を残した
- 帝は不死の薬を飲まず、富士山で焼かせた
- 富士山の場面には「不死」と「士に富む」の言葉遊びがある
『竹取物語』の結末は、かぐや姫が月へ帰って終わるだけの物語ではありません。
老いも別れもない永遠の世界と、限りがあるからこそ誰かを愛おしく思える人間の世界。
月を見上げる夜には、遠い世界へ帰ったかぐや姫と、地上に残された人々の思いに、そっと心を重ねてみてはいかがでしょうか。

参考文献・出典
- 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ「竹取物語」
- 東京大学文学部「竹取物語絵巻・かぐや姫の昇天」
- 立教大学図書館「竹取物語絵巻デジタルライブラリ」
- 国立国会図書館レファレンス協同データベース「かぐや姫の罪と昇天」
- ジャパンサーチ「竹取物語」
- J-STAGE「竹取物語にみる皇権と道教―不死の薬の歴史から」
- J-STAGE「かぐや姫の昇天と不死の薬」

