甲冑を身につけ、フランス軍とともに戦場へ向かった少女、ジャンヌ・ダルク。
フランスを救った英雄として知られる一方で、わずか19歳ほどで火刑に処された人物でもあります。
ジャンヌ・ダルクは、本当に軍を指揮して国を救ったのでしょうか。また、なぜ「魔女」とされ、処刑されてしまったのでしょう。
ジャンヌ・ダルクは、百年戦争で苦境にあったフランス側を鼓舞し、オルレアン解放とシャルル7世の戴冠に大きく貢献した人物です。
ただし、フランス軍全体を一人で指揮した総司令官だったわけではありません。
この記事では、ジャンヌ・ダルクの生涯、処刑された理由、最後の言葉、映画での描かれ方まで、史料をもとに分かりやすく紹介します。
ジャンヌ・ダルクは何をした人?
ジャンヌ・ダルクは、15世紀の百年戦争でフランス側の軍事行動に加わり、兵士や民衆を奮い立たせた人物です。
特に大きな功績とされるのが、1429年のオルレアン解放と、王太子シャルルをランスへ導き、フランス王シャルル7世として戴冠させる道を開いたことです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ジャンヌ・ダルク |
| 生年 | 1412年ごろ |
| 出身地 | フランス北東部ドンレミ |
| 主な功績 | オルレアン解放、シャルル7世の戴冠に貢献 |
| 捕縛 | 1430年5月23日 |
| 没年月日 | 1431年5月30日 |
| 没年齢 | 19歳ごろ |
| 名誉回復 | 1456年 |
| 列聖 | 1920年 |
ジャンヌが公の舞台で活動した期間は、わずか2年ほどでした。
それでもフランスの歴史を大きく変えた人物として、現在まで語り継がれています。
17歳の村娘が歴史を動かした理由
百年戦争で苦境に立っていたフランス
ジャンヌが生まれたころ、フランスとイングランドは百年戦争を続けていました。
当時のフランス国内は一枚岩ではありません。
フランス王家を支持するアルマニャック派と、イングランドと協力するブルゴーニュ派が対立していました。
1420年に結ばれたトロワ条約によって、フランス王シャルル6世の息子シャルルは、王位継承から排除される立場に追い込まれます。
さらに、重要都市オルレアンがイングランド軍に包囲され、フランス側は厳しい状況にありました。
「神の声」を聞いたと語る
ジャンヌは農村ドンレミで育ちました。
後の裁判での証言によると、13歳ごろから聖ミカエルや聖カタリナ、聖マルガリタの声を聞くようになったと語っています。
その声から、フランスを救い、王太子シャルルをランスで戴冠させるよう命じられたというのです。
ジャンヌは地元の守備隊長を何度も訪ね、王太子に会わせてほしいと求めました。
最初は取り合ってもらえませんでしたが、やがて護衛を与えられ、男性用の服を身につけて王太子のもとへ向かいます。
オルレアン解放とシャルル7世の戴冠

1429年、17歳ほどだったジャンヌは、シノンで王太子シャルと面会しました。
神学者たちによる審査を受けた後、ジャンヌはフランス軍とともにオルレアンへ向かいます。
1429年5月8日、イングランド軍はオルレアンの包囲を解きました。
ジャンヌが単独で軍全体を指揮したわけではありません。しかし、白い旗を掲げて戦場に立つ姿は、兵士たちの士気を大きく高めたと考えられています。
その後、フランス軍はパテーの戦いなどで勝利を重ねました。
そして1429年7月17日、王太子シャルルはランス大聖堂でフランス王シャルル7世として戴冠します。
ジャンヌの大きな功績は、軍事的な勝利だけではありません。王としての正統性が揺らいでいたシャルルを、正式な戴冠へ導いたことにもあります。
なお、百年戦争そのものが終結したのは1453年です。
ジャンヌが一人で戦争を終わらせたわけではありませんが、フランス側が立ち直る大きなきっかけを作りました。
ジャンヌ・ダルクはなぜ処刑された?
ブルゴーニュ派に捕らえられる
1430年5月23日、ジャンヌはコンピエーニュ近郊でブルゴーニュ派の軍に捕らえられました。
ブルゴーニュ派は当時、イングランド側と協力関係にありました。
ジャンヌはその後、イングランド側へ引き渡され、イングランドの支配下にあったルーアンで裁判を受けます。
シャルル7世が、ジャンヌを救出するために十分な行動を取らなかった理由は明確には分かっていません。
政治的な事情や身代金交渉など、さまざまな要因があったと考えられています。
魔女裁判ではなく異端審問

ジャンヌ・ダルクは「魔女として火あぶりにされた」と説明されることがあります。
しかし、正確には魔女裁判ではなく、教会による異端審問でした。
裁判では、ジャンヌが語った「神の声」が本当に神からのものなのか、教会の判断に従う意思があるのか、男性用の服を着ていることが正当なのかなどが問題にされました。
裁判を主導したのは、イングランド側に近い立場だったボーヴェ司教ピエール・コーションです。
そのため、この裁判には宗教上の問題だけでなく、ジャンヌの権威を失墜させたいという政治的な意図もあったと考えられています。
ジャンヌが神に導かれた正しい人物であれば、彼女によって戴冠へ導かれたシャルル7世の正統性も強まります。
反対に、ジャンヌを異端者と認定できれば、シャルル7世の立場にも打撃を与えられました。
男装と「異端への再転落」
1431年5月24日、ジャンヌは死刑を免れるため、自分の主張を撤回する文書に同意しました。
その結果、いったんは終身刑に減刑されます。
ところが、その後ジャンヌは再び男性用の服を身につけ、以前の主張を取り戻したとされました。
裁判官たちはこれを、異端の考えを撤回した後に再び戻る「再転落」と判断します。
当時、再び異端へ戻ったとされた人物には、死刑が科される可能性がありました。
ジャンヌが再び男性用の服を着た経緯については、女性用の服を奪われた、身を守る必要があったなど複数の説明があります。
ただし、どの事情が決定的だったのかは断定できません。
1431年5月29日、ジャンヌに死刑判決が下されました。
翌日の5月30日、ジャンヌはルーアンのヴィユ・マルシェ広場で火刑に処されます。
最後の言葉は「イエス」と伝えられる
ジャンヌ・ダルクの最後の言葉は、一般に「イエス」だったと伝えられています。
処刑の様子を見た人々が、後に行われた名誉回復裁判で証言を残しているためです。
証言によると、ジャンヌは処刑場で十字架を求め、司祭に十字架を高く掲げてもらいました。
そして炎の中で、イエスの名を何度も叫んだとされています。
ただし、現代の録音や映像が残っているわけではありません。
そのため、「イエス」という言葉は当時の目撃証言に基づくものであり、一字一句まで確定できるものではありません。
処刑後に名誉回復され聖人へ
ジャンヌの死から約25年後、シャルル7世の求めにより、裁判の再調査が行われました。
多くの証人が呼ばれ、ジャンヌの故郷の人々、兵士、聖職者などから証言が集められます。
1456年7月7日、最初の裁判判決は無効とされ、ジャンヌの名誉は回復されました。
ジャンヌが処刑された1431年の判決は、手続き上も内容上も重大な問題を抱えていたと判断されたのです。
その後、ジャンヌはフランスの国民的英雄として広く敬愛されるようになります。
1920年5月16日には、ローマ・カトリック教会によって聖人に列せられました。
現在のジャンヌ・ダルクは、フランスの守護聖人の一人でもあります。
映画で見るジャンヌ・ダルク
ジャンヌ・ダルクの生涯は、これまでに何度も映画化されてきました。
ただし、映画は史料をそのまま映像化したものではありません。
監督や脚本家の解釈、物語としての脚色が含まれていることを理解したうえで鑑賞すると、それぞれの作品の違いが見えてきます。
『ジャンヌ・ダルク』1999年
リュック・ベッソン監督、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演の作品です。
ジャンヌの少女時代から戦場での活躍、捕縛、裁判、処刑までを大規模な映像で描いています。
戦闘場面が多く、ジャンヌの生涯の大まかな流れをつかみやすい作品です。
一方で、ジャンヌの心の葛藤を表す人物や幼少期の出来事など、映画独自の脚色もあります。
史実を学ぶ資料というより、リュック・ベッソン監督によるジャンヌ像として見るのがよいでしょう。
『裁かるるジャンヌ』1928年
カール・テオドア・ドライヤー監督による、フランスのサイレント映画です。
ジャンヌ役を演じたルネ・ファルコネッティの表情を、大胆なクローズアップで映し出した作品として知られています。
物語の中心は、ジャンヌの戦場での活躍ではなく、裁判と処刑直前の時間です。
裁判記録をもとに構成されている一方、長期間にわたる裁判を短い時間に凝縮しています。
ジャンヌの孤独や信仰、裁判官との緊張したやり取りをじっくり見たい人に向いています。
『ジャネット』『ジャンヌ』
シネマトゥデイ
ブリュノ・デュモン監督による二部作です。
『ジャネット』は2017年に制作され、幼いジャンヌが神の声を聞き、故郷を離れるまでをミュージカル形式で描いています。
続編の『ジャンヌ』は2019年に制作され、戦場での姿から捕縛、裁判までを描きます。
日本では2作品が2021年に公開されました。
一般的な歴史映画とはかなり異なる、詩的で実験的な作品です。
| 作品 | 主な特徴 | 向いている人 |
|---|---|---|
| 『ジャンヌ・ダルク』 | 戦闘と生涯を大規模に描く | まず物語全体を見たい人 |
| 『裁かるるジャンヌ』 | 裁判と表情を中心に描く | 心理描写や映画史に関心がある人 |
| 『ジャネット』『ジャンヌ』 | 音楽と独特な演出 | 個性的な映像表現を楽しみたい人 |
フランス史を物語や映像作品から楽しみたい方は、次の記事も参考にしてください。

ジャンヌ・ダルクをもっと知るための本
映画を見た後に史実を確認したい場合は、伝記や歴史書をあわせて読むと、作品ごとの脚色が分かりやすくなります。
『学習漫画 世界の伝記 ジャンヌ・ダルク』
ジャンヌの生涯を、漫画で分かりやすく追える伝記です。
百年戦争や当時のフランスについて初めて学ぶ人や、子どもと一緒に読みたい人に向いています。
ジュール・ミシュレ『ジャンヌ・ダルク』
19世紀フランスの歴史家、ジュール・ミシュレによるジャンヌ・ダルク伝です。
現代の最新研究書ではありませんが、ジャンヌがフランスの国民的象徴として語られていった過程を考えるうえでも興味深い一冊です。
物語性のある文章で、ジャンヌの生涯をじっくり読みたい人に向いています。
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ジャンヌ・ダルクについてのよくある質問
まとめ
ジャンヌ・ダルクは、百年戦争で苦境にあったフランス側を奮い立たせ、オルレアン解放とシャルル7世の戴冠に大きく貢献しました。
一方で、敵対する勢力に捕らえられ、イングランド側の影響下で行われた異端審問によって、19歳ほどで火刑に処されます。
覚えておきたいポイントは次のとおりです。
- ジャンヌはフランス軍全体を一人で指揮したわけではない
- 魔女裁判ではなく、教会による異端審問だった
- 最後には「イエス」と繰り返したと証言されている
- 1456年に有罪判決が無効とされた
- 1920年にカトリック教会の聖人となった
- 本物と確認できる肖像画は残っていない
ジャンヌ・ダルクの物語は、単なる英雄伝ではありません。
信仰と政治、戦争、王権、裁判が複雑に絡み合った歴史です。
映画を見るときも、どこまでが史料に基づき、どこからが作り手の解釈なのかを考えることで、ジャンヌの物語をさらに深く味わえるでしょう。


