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中森明菜のシングルを発売順に紹介|デビュー曲から最新作まで

2026 8/06
音楽
2023年12月15日2026年8月6日
本ページには広告が含まれています。
中森明菜のシングルの歴史をイメージしたステージとレコード

中森明菜さんの曲を聴いていると、

「『少女A』と『セカンド・ラブ』は、どちらが先だった?」

「『DESIRE』の前には、どんな曲を歌っていた?」

と、シングルの順番を確かめたくなることはありませんか。

中森明菜さんは、1982年5月1日に「スローモーション」でデビューしました。

その後、「少女A」「セカンド・ラブ」「北ウイング」「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE -情熱-」など、曲ごとに異なる女性像を演じるように歌い、独自の世界を築いていきます。

そして2026年7月1日には、約10年ぶりとなるシングルCD「ごめんと、すきと、」を発売しました。

この記事では、中森明菜さんのシングルをデビュー曲から最新作まで、発売順に紹介します。

この記事で分かること

  • デビュー曲は1982年の「スローモーション」
  • 初めてオリコン1位になった曲は「セカンド・ラブ」
  • 2026年の最新シングルは「ごめんと、すきと、」
  • 公式サイトでは配信限定作品を含めて56作
  • 資料によって「55枚目」「56枚目」と表記が異なる理由

中森明菜さんは1965年7月13日生まれ。

1982年5月1日、16歳で「スローモーション」を歌いデビューしました。

1985年の「ミ・アモーレ」と1986年の「DESIRE -情熱-」では、2年連続で日本レコード大賞を受賞しています。

レコード、カセット、CD、配信へと変化したシングルの形態
中森明菜さんの活動期間には、レコード、カセット、CD、配信と、シングルの形態も変化しました。
目次

中森明菜の全シングルを発売順に紹介

ここからは、中森明菜さんのシングルを年代ごとに紹介します。

公式サイトのディスコグラフィーでは、一部の旧作の日付が一般的な発売日の前日で記載されています。本記事では、オリコンやレコード会社の商品情報などで広く使われている発売日を記載しました。

1982年から1989年|16歳でのデビューから「LIAR」まで

発売日・年齢シングル備考
1982年5月1日・16歳スローモーションデビュー曲
1982年7月28日・17歳少女A初期の代表曲
1982年11月10日・17歳セカンド・ラブ初のオリコン1位
1983年2月23日・17歳1/2の神話
1983年6月1日・17歳トワイライト -夕暮れ便り-
1983年9月7日・18歳禁区
1984年1月1日・18歳北ウイング
1984年4月11日・18歳サザン・ウインド
1984年7月25日・19歳十戒(1984)
1984年11月14日・19歳飾りじゃないのよ涙は井上陽水が作詞・作曲
1984年12月15日・19歳北ウイング/リ・フ・レ・イ・ン企画シングル
1985年3月8日・19歳ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕日本レコード大賞
1985年5月1日・19歳赤い鳥逃げた12インチシングル
1985年6月19日・19歳SAND BEIGE -砂漠へ-
1985年10月9日・20歳SOLITUDE
1986年2月3日・20歳DESIRE -情熱-日本レコード大賞
1986年5月26日・20歳ジプシー・クイーン
1986年9月25日・21歳Fin
1986年11月10日・21歳ノンフィクション エクスタシーカセット限定
1987年2月4日・21歳TANGO NOIR
1987年6月3日・21歳BLONDE
1987年9月30日・22歳難破船
1988年1月27日・22歳AL-MAUJ(アルマージ)
1988年5月18日・22歳TATTOO
1988年11月1日・23歳I MISSED “THE SHOCK”
1989年4月25日・23歳LIAR

中森明菜さんの音楽的な変化が最もはっきり見えるのが、この1980年代です。

「スローモーション」の静かな少女から始まり、「少女A」の反抗的な人物、「セカンド・ラブ」の切ない恋心、「飾りじゃないのよ涙は」の強い女性へと、シングルを出すたびに印象を変えていきました。

1990年から1999年|アイドルの枠を離れた表現へ

発売日・年齢シングル備考
1990年7月17日・25歳Dear Friend
1990年11月6日・25歳水に挿した花
1991年3月25日・25歳二人静 -「天河伝説殺人事件」より映画主題歌
1993年5月21日・27歳Everlasting Love
1994年3月24日・28歳片想い「愛撫」を収録
1994年9月2日・29歳夜のどこかで 〜night shift〜
1994年10月5日・29歳月華
1995年6月21日・29歳原始、女は太陽だった
1995年11月1日・30歳Tokyo Rose
1996年8月7日・31歳MOONLIGHT SHADOW〜月に吠えろ
1997年2月21日・31歳APPETITE
1998年2月11日・32歳帰省 〜Never Forget〜
1998年5月21日・32歳今夜、流れ星
1998年9月23日・33歳とまどい
1999年1月21日・33歳オフェリア
1999年12月1日・34歳Trust Me

1990年代になると、1980年代のように短い間隔でシングルを発表する形から、作品ごとに異なる音楽性を試す時期へ移っていきます。

「月華」の幻想的な雰囲気や、「帰省 〜Never Forget〜」「オフェリア」の重厚な歌唱には、10代のころとは異なる深さがあります。

2001年から2016年|歌姫として幅を広げた時代

発売日・年齢シングル備考
2001年5月31日・35歳It’s brand new day
2002年5月2日・36歳The Heat 〜musica fiesta〜
2003年4月30日・37歳Days
2004年5月12日・38歳赤い花
2004年7月7日・38歳初めて出逢った日のように
2005年12月7日・40歳落花流水
2006年5月17日・40歳花よ踊れドラマ『プリマダム』エンディングテーマ
2009年9月23日・44歳DIVA
2010年7月13日・45歳Crazy Love誕生日に配信
2015年1月21日・49歳Rojo -Tierra-
2015年9月30日・50歳unfixable
2016年2月24日・50歳ひらり-SAKURA-「FIXER」を収録

旧記事では「FIXER -WHILE THE WOMEN ARE SLEEPING-」がシングル名として掲載されていましたが、公式ディスコグラフィー上の54作目は「ひらり-SAKURA-」です。

「FIXER -WHILE THE WOMEN ARE SLEEPING-」は、同シングルに収録された楽曲です。

2025年から2026年|新曲と約10年ぶりのシングルCD

発売日・年齢シングル備考
2025年12月24日・60歳Merry Christmas, My Heart配信限定・本人初作曲
2026年7月1日・60歳ごめんと、すきと、約10年ぶりのシングルCD

「Merry Christmas, My Heart」は、2025年12月24日に配信されたクリスマスソングです。

中森明菜さんがデビュー以来、初めて作曲を手がけた作品でもあります。

続く「ごめんと、すきと、」は、2026年7月1日に発売されました。

表題曲のほか、「カサブランカ」「FAKE」の新曲3曲を収録。約10年ぶりのシングルCDとして発売され、オリコン週間シングルランキングでは初登場7位を記録しました。

これにより、中森明菜さんのシングルTOP10入り作品数は通算30作となっています。

ここに「ごめんと、すきと、」の商品画像とAmazon・楽天ブックスのリンクを設置します。

中森明菜 約10年ぶりのニューシングル

『ごめんと、すきと、』

Amazonで見る
楽天ブックスで見る

販売状況や価格は変動するため、最新情報は各商品ページで確認してください。

中森明菜のデビュー曲は「スローモーション」

中森明菜さんのデビュー曲は、1982年5月1日に発売された「スローモーション」です。

デビュー時の中森明菜さんは16歳でした。

「スローモーション」は、後の「少女A」や「DESIRE -情熱-」に見られる強さとは異なり、恋する少女の戸惑いを静かに描いたバラードです。

デビュー曲だけを聴くと、その後これほど幅広い人物像を歌い分ける歌手になるとは、想像しにくいかもしれません。

そこが、中森明菜さんのシングルを発売順に聴く面白さです。

初めてオリコン1位になった曲は「セカンド・ラブ」

中森明菜さんが初めてオリコン週間シングルランキング1位を獲得した曲は、3枚目の「セカンド・ラブ」です。

「スローモーション」と同じく、作詞を来生えつこさん、作曲を来生たかおさんが担当しました。

「少女A」で注目を集めた直後に、繊細なバラードでまったく違う表情を見せたことも、中森明菜さんの大きな魅力でした。

ワーナーミュージックの特設サイトでも、「セカンド・ラブ」は中森明菜さんが初めて1位を獲得した曲として紹介されています。

中森明菜のシングル売上ランキングTOP10

オリコンが公開している推定累積売上順では、上位10曲は次のようになっています。

順位シングル発売年最高順位
1セカンド・ラブ1982年1位
2ミ・アモーレ1985年1位
3飾りじゃないのよ涙は1984年1位
4北ウイング1984年2位
5十戒(1984)1984年1位
61/2の神話1983年1位
7Dear Friend1990年1位
8サザン・ウインド1984年1位
9DESIRE -情熱-1986年1位
10禁区1983年1位

最も売れたシングルは「セカンド・ラブ」です。

「DESIRE -情熱-」が1位だと思っていた方には、少し意外な結果かもしれません。

「DESIRE -情熱-」は衣装や振り付けを含めた印象が非常に強い曲ですが、シングルの推定累積売上では「セカンド・ラブ」が上回っています。

中森明菜を代表する4つの転機

「少女A」でデビュー曲の印象を覆した

「スローモーション」では、静かで繊細な少女を歌っていた中森明菜さん。

ところが、わずか約3か月後の「少女A」では、反抗的で危うさを持つ少女へと印象を変えました。

同じ歌手が短期間で正反対の人物像を見せたことが、中森明菜さんへの注目を一気に高めました。

「飾りじゃないのよ涙は」で表現の幅が広がった

「飾りじゃないのよ涙は」は、井上陽水さんが作詞・作曲した曲です。

疾走感のあるサウンドと、感情を押し出す歌唱によって、中森明菜さんは「アイドル歌手」という枠だけでは語れない存在になっていきました。

「ミ・アモーレ」で初の日本レコード大賞

ラテン音楽の要素を取り入れた「ミ・アモーレ」は、1985年の日本レコード大賞を受賞しました。

翌1986年には「DESIRE -情熱-」で再び大賞を受賞し、2年連続受賞を達成しています。

「難破船」で静かな歌にも強さを見せた

「難破船」は、加藤登紀子さんが作詞・作曲した楽曲です。

激しく動くのではなく、ほとんど動かずに歌う姿からも、深い悲しみが伝わってきます。

明るい曲や激しい曲だけでなく、静かなバラードでも物語を作れることを示した代表曲です。

ちょっと一息|中森明菜のシングルは55枚?56枚?

中森明菜さんのシングル枚数を調べると、「55枚」と書かれている資料と「56枚」と書かれている資料があります。

これは、単純な間違いとは限りません。

中森明菜公式サイトでは、

  • 2025年の配信限定曲「Merry Christmas, My Heart」を55作目
  • 2026年の「ごめんと、すきと、」を56作目

として掲載しています。

一方、ワーナーミュージックは「ごめんと、すきと、」を「55thシングル」と案内しています。

この違いは、2025年の配信限定シングルを通常のシングル枚数に含めるかどうかによるものと考えられます。

さらに中森明菜さんの作品には、

  • 12インチ盤の「赤い鳥逃げた」
  • カセット限定の「ノンフィクション エクスタシー」
  • 配信限定の「Crazy Love」
  • 配信限定の「Merry Christmas, My Heart」

などがあります。

そのため、どの形態を「1枚のシングル」と数えるかによって、枚数が変わることがあります。

この記事では、中森明菜公式サイトの番号に合わせ、配信限定作品を含む56作として紹介しました。

中森明菜のシングルに関するよくある質問

中森明菜のデビュー曲は何ですか?

1982年5月1日に発売された「スローモーション」です。

デビュー当時の中森明菜さんは16歳でした。

中森明菜が初めて1位になった曲は何ですか?

1982年11月10日に発売された、3枚目のシングル「セカンド・ラブ」です。

中森明菜のシングルで一番売れた曲は何ですか?

オリコンの推定累積売上順では「セカンド・ラブ」が1位です。

続いて「ミ・アモーレ」「飾りじゃないのよ涙は」となっています。

中森明菜の2026年最新シングルは何ですか?

2026年7月1日に発売された「ごめんと、すきと、」です。

「カサブランカ」「FAKE」を含む、新曲3曲が収録されています。

中森明菜のシングルは全部で何作ありますか?

中森明菜公式サイトでは、2025年の配信限定作品を含め、「ごめんと、すきと、」を56作目としています。

ただし、ワーナーミュージックでは「55thシングル」と案内されており、配信限定作品を数えるかどうかによって表記が異なります。

まとめ

楽天ブックス

中森明菜さんは、1982年5月1日に「スローモーション」でデビューしました。

デビュー当時は16歳でしたが、同じ年に「少女A」「セカンド・ラブ」を発表し、早くもまったく異なる3つの女性像を歌い分けています。

その後も、

  • 飾りじゃないのよ涙は
  • ミ・アモーレ
  • DESIRE -情熱-
  • 難破船
  • TATTOO
  • Dear Friend

など、時代ごとに印象の異なる作品を発表してきました。

そして2025年には本人初作曲の「Merry Christmas, My Heart」、2026年には約10年ぶりのシングルCD「ごめんと、すきと、」を発表しています。

発売順にたどってみると、中森明菜さんは一つのイメージを守り続けた歌手ではなく、曲ごとに新しい物語と人物を作り上げてきた歌手だったことが分かります。

松田聖子さんと同じ時期に発表されたシングルを比べたい方は、こちらの記事もご覧ください。

関連記事:中森明菜と松田聖子のシングルを年代順に比較|1982〜1989年

参考資料

  • 中森明菜 OFFICIAL WEBSITE「PROFILE/DISCOGRAPHY」
  • ワーナーミュージック・ジャパン「ごめんと、すきと、」商品情報
  • ORICON NEWS「中森明菜のシングル売上TOP20作品」
  • 公益社団法人日本作曲家協会「日本レコード大賞」

今回の記事はこれで終了です。読んでくださってありがとうございます。

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