中森明菜さんの曲を聴いていると、
「『少女A』と『セカンド・ラブ』は、どちらが先だった?」
「『DESIRE』の前には、どんな曲を歌っていた?」
と、シングルの順番を確かめたくなることはありませんか。
中森明菜さんは、1982年5月1日に「スローモーション」でデビューしました。
その後、「少女A」「セカンド・ラブ」「北ウイング」「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE -情熱-」など、曲ごとに異なる女性像を演じるように歌い、独自の世界を築いていきます。
そして2026年7月1日には、約10年ぶりとなるシングルCD「ごめんと、すきと、」を発売しました。
この記事では、中森明菜さんのシングルをデビュー曲から最新作まで、発売順に紹介します。
この記事で分かること
- デビュー曲は1982年の「スローモーション」
- 初めてオリコン1位になった曲は「セカンド・ラブ」
- 2026年の最新シングルは「ごめんと、すきと、」
- 公式サイトでは配信限定作品を含めて56作
- 資料によって「55枚目」「56枚目」と表記が異なる理由
中森明菜さんは1965年7月13日生まれ。
1982年5月1日、16歳で「スローモーション」を歌いデビューしました。
1985年の「ミ・アモーレ」と1986年の「DESIRE -情熱-」では、2年連続で日本レコード大賞を受賞しています。

中森明菜の全シングルを発売順に紹介
ここからは、中森明菜さんのシングルを年代ごとに紹介します。
公式サイトのディスコグラフィーでは、一部の旧作の日付が一般的な発売日の前日で記載されています。本記事では、オリコンやレコード会社の商品情報などで広く使われている発売日を記載しました。
1982年から1989年|16歳でのデビューから「LIAR」まで
| 発売日・年齢 | シングル | 備考 |
|---|---|---|
| 1982年5月1日・16歳 | スローモーション | デビュー曲 |
| 1982年7月28日・17歳 | 少女A | 初期の代表曲 |
| 1982年11月10日・17歳 | セカンド・ラブ | 初のオリコン1位 |
| 1983年2月23日・17歳 | 1/2の神話 | |
| 1983年6月1日・17歳 | トワイライト -夕暮れ便り- | |
| 1983年9月7日・18歳 | 禁区 | |
| 1984年1月1日・18歳 | 北ウイング | |
| 1984年4月11日・18歳 | サザン・ウインド | |
| 1984年7月25日・19歳 | 十戒(1984) | |
| 1984年11月14日・19歳 | 飾りじゃないのよ涙は | 井上陽水が作詞・作曲 |
| 1984年12月15日・19歳 | 北ウイング/リ・フ・レ・イ・ン | 企画シングル |
| 1985年3月8日・19歳 | ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕 | 日本レコード大賞 |
| 1985年5月1日・19歳 | 赤い鳥逃げた | 12インチシングル |
| 1985年6月19日・19歳 | SAND BEIGE -砂漠へ- | |
| 1985年10月9日・20歳 | SOLITUDE | |
| 1986年2月3日・20歳 | DESIRE -情熱- | 日本レコード大賞 |
| 1986年5月26日・20歳 | ジプシー・クイーン | |
| 1986年9月25日・21歳 | Fin | |
| 1986年11月10日・21歳 | ノンフィクション エクスタシー | カセット限定 |
| 1987年2月4日・21歳 | TANGO NOIR | |
| 1987年6月3日・21歳 | BLONDE | |
| 1987年9月30日・22歳 | 難破船 | |
| 1988年1月27日・22歳 | AL-MAUJ(アルマージ) | |
| 1988年5月18日・22歳 | TATTOO | |
| 1988年11月1日・23歳 | I MISSED “THE SHOCK” | |
| 1989年4月25日・23歳 | LIAR |
中森明菜さんの音楽的な変化が最もはっきり見えるのが、この1980年代です。
「スローモーション」の静かな少女から始まり、「少女A」の反抗的な人物、「セカンド・ラブ」の切ない恋心、「飾りじゃないのよ涙は」の強い女性へと、シングルを出すたびに印象を変えていきました。
1990年から1999年|アイドルの枠を離れた表現へ
| 発売日・年齢 | シングル | 備考 |
| 1990年7月17日・25歳 | Dear Friend | |
| 1990年11月6日・25歳 | 水に挿した花 | |
| 1991年3月25日・25歳 | 二人静 -「天河伝説殺人事件」より | 映画主題歌 |
| 1993年5月21日・27歳 | Everlasting Love | |
| 1994年3月24日・28歳 | 片想い | 「愛撫」を収録 |
| 1994年9月2日・29歳 | 夜のどこかで 〜night shift〜 | |
| 1994年10月5日・29歳 | 月華 | |
| 1995年6月21日・29歳 | 原始、女は太陽だった | |
| 1995年11月1日・30歳 | Tokyo Rose | |
| 1996年8月7日・31歳 | MOONLIGHT SHADOW〜月に吠えろ | |
| 1997年2月21日・31歳 | APPETITE | |
| 1998年2月11日・32歳 | 帰省 〜Never Forget〜 | |
| 1998年5月21日・32歳 | 今夜、流れ星 | |
| 1998年9月23日・33歳 | とまどい | |
| 1999年1月21日・33歳 | オフェリア | |
| 1999年12月1日・34歳 | Trust Me |
1990年代になると、1980年代のように短い間隔でシングルを発表する形から、作品ごとに異なる音楽性を試す時期へ移っていきます。
「月華」の幻想的な雰囲気や、「帰省 〜Never Forget〜」「オフェリア」の重厚な歌唱には、10代のころとは異なる深さがあります。
2001年から2016年|歌姫として幅を広げた時代
| 発売日・年齢 | シングル | 備考 |
| 2001年5月31日・35歳 | It’s brand new day | |
| 2002年5月2日・36歳 | The Heat 〜musica fiesta〜 | |
| 2003年4月30日・37歳 | Days | |
| 2004年5月12日・38歳 | 赤い花 | |
| 2004年7月7日・38歳 | 初めて出逢った日のように | |
| 2005年12月7日・40歳 | 落花流水 | |
| 2006年5月17日・40歳 | 花よ踊れ | ドラマ『プリマダム』エンディングテーマ |
| 2009年9月23日・44歳 | DIVA | |
| 2010年7月13日・45歳 | Crazy Love | 誕生日に配信 |
| 2015年1月21日・49歳 | Rojo -Tierra- | |
| 2015年9月30日・50歳 | unfixable | |
| 2016年2月24日・50歳 | ひらり-SAKURA- | 「FIXER」を収録 |
旧記事では「FIXER -WHILE THE WOMEN ARE SLEEPING-」がシングル名として掲載されていましたが、公式ディスコグラフィー上の54作目は「ひらり-SAKURA-」です。
「FIXER -WHILE THE WOMEN ARE SLEEPING-」は、同シングルに収録された楽曲です。
2025年から2026年|新曲と約10年ぶりのシングルCD
| 発売日・年齢 | シングル | 備考 |
| 2025年12月24日・60歳 | Merry Christmas, My Heart | 配信限定・本人初作曲 |
| 2026年7月1日・60歳 | ごめんと、すきと、 | 約10年ぶりのシングルCD |
「Merry Christmas, My Heart」は、2025年12月24日に配信されたクリスマスソングです。
中森明菜さんがデビュー以来、初めて作曲を手がけた作品でもあります。
続く「ごめんと、すきと、」は、2026年7月1日に発売されました。
表題曲のほか、「カサブランカ」「FAKE」の新曲3曲を収録。約10年ぶりのシングルCDとして発売され、オリコン週間シングルランキングでは初登場7位を記録しました。
これにより、中森明菜さんのシングルTOP10入り作品数は通算30作となっています。
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ここに「ごめんと、すきと、」の商品画像とAmazon・楽天ブックスのリンクを設置します。
中森明菜 約10年ぶりのニューシングル
『ごめんと、すきと、』
販売状況や価格は変動するため、最新情報は各商品ページで確認してください。
中森明菜のデビュー曲は「スローモーション」
中森明菜さんのデビュー曲は、1982年5月1日に発売された「スローモーション」です。
デビュー時の中森明菜さんは16歳でした。
「スローモーション」は、後の「少女A」や「DESIRE -情熱-」に見られる強さとは異なり、恋する少女の戸惑いを静かに描いたバラードです。
デビュー曲だけを聴くと、その後これほど幅広い人物像を歌い分ける歌手になるとは、想像しにくいかもしれません。
そこが、中森明菜さんのシングルを発売順に聴く面白さです。
初めてオリコン1位になった曲は「セカンド・ラブ」
中森明菜さんが初めてオリコン週間シングルランキング1位を獲得した曲は、3枚目の「セカンド・ラブ」です。
「スローモーション」と同じく、作詞を来生えつこさん、作曲を来生たかおさんが担当しました。
「少女A」で注目を集めた直後に、繊細なバラードでまったく違う表情を見せたことも、中森明菜さんの大きな魅力でした。
ワーナーミュージックの特設サイトでも、「セカンド・ラブ」は中森明菜さんが初めて1位を獲得した曲として紹介されています。
中森明菜のシングル売上ランキングTOP10
オリコンが公開している推定累積売上順では、上位10曲は次のようになっています。
| 順位 | シングル | 発売年 | 最高順位 |
| 1 | セカンド・ラブ | 1982年 | 1位 |
| 2 | ミ・アモーレ | 1985年 | 1位 |
| 3 | 飾りじゃないのよ涙は | 1984年 | 1位 |
| 4 | 北ウイング | 1984年 | 2位 |
| 5 | 十戒(1984) | 1984年 | 1位 |
| 6 | 1/2の神話 | 1983年 | 1位 |
| 7 | Dear Friend | 1990年 | 1位 |
| 8 | サザン・ウインド | 1984年 | 1位 |
| 9 | DESIRE -情熱- | 1986年 | 1位 |
| 10 | 禁区 | 1983年 | 1位 |
最も売れたシングルは「セカンド・ラブ」です。
「DESIRE -情熱-」が1位だと思っていた方には、少し意外な結果かもしれません。
「DESIRE -情熱-」は衣装や振り付けを含めた印象が非常に強い曲ですが、シングルの推定累積売上では「セカンド・ラブ」が上回っています。
中森明菜を代表する4つの転機
「少女A」でデビュー曲の印象を覆した
「スローモーション」では、静かで繊細な少女を歌っていた中森明菜さん。
ところが、わずか約3か月後の「少女A」では、反抗的で危うさを持つ少女へと印象を変えました。
同じ歌手が短期間で正反対の人物像を見せたことが、中森明菜さんへの注目を一気に高めました。
「飾りじゃないのよ涙は」で表現の幅が広がった
「飾りじゃないのよ涙は」は、井上陽水さんが作詞・作曲した曲です。
疾走感のあるサウンドと、感情を押し出す歌唱によって、中森明菜さんは「アイドル歌手」という枠だけでは語れない存在になっていきました。
「ミ・アモーレ」で初の日本レコード大賞
ラテン音楽の要素を取り入れた「ミ・アモーレ」は、1985年の日本レコード大賞を受賞しました。
翌1986年には「DESIRE -情熱-」で再び大賞を受賞し、2年連続受賞を達成しています。
「難破船」で静かな歌にも強さを見せた
「難破船」は、加藤登紀子さんが作詞・作曲した楽曲です。
激しく動くのではなく、ほとんど動かずに歌う姿からも、深い悲しみが伝わってきます。
明るい曲や激しい曲だけでなく、静かなバラードでも物語を作れることを示した代表曲です。
ちょっと一息|中森明菜のシングルは55枚?56枚?
中森明菜さんのシングル枚数を調べると、「55枚」と書かれている資料と「56枚」と書かれている資料があります。
これは、単純な間違いとは限りません。
中森明菜公式サイトでは、
- 2025年の配信限定曲「Merry Christmas, My Heart」を55作目
- 2026年の「ごめんと、すきと、」を56作目
として掲載しています。
一方、ワーナーミュージックは「ごめんと、すきと、」を「55thシングル」と案内しています。
この違いは、2025年の配信限定シングルを通常のシングル枚数に含めるかどうかによるものと考えられます。
さらに中森明菜さんの作品には、
- 12インチ盤の「赤い鳥逃げた」
- カセット限定の「ノンフィクション エクスタシー」
- 配信限定の「Crazy Love」
- 配信限定の「Merry Christmas, My Heart」
などがあります。
そのため、どの形態を「1枚のシングル」と数えるかによって、枚数が変わることがあります。
この記事では、中森明菜公式サイトの番号に合わせ、配信限定作品を含む56作として紹介しました。
中森明菜のシングルに関するよくある質問
中森明菜のデビュー曲は何ですか?
1982年5月1日に発売された「スローモーション」です。
デビュー当時の中森明菜さんは16歳でした。
中森明菜が初めて1位になった曲は何ですか?
1982年11月10日に発売された、3枚目のシングル「セカンド・ラブ」です。
中森明菜のシングルで一番売れた曲は何ですか?
オリコンの推定累積売上順では「セカンド・ラブ」が1位です。
続いて「ミ・アモーレ」「飾りじゃないのよ涙は」となっています。
中森明菜の2026年最新シングルは何ですか?
2026年7月1日に発売された「ごめんと、すきと、」です。
「カサブランカ」「FAKE」を含む、新曲3曲が収録されています。
中森明菜のシングルは全部で何作ありますか?
中森明菜公式サイトでは、2025年の配信限定作品を含め、「ごめんと、すきと、」を56作目としています。
ただし、ワーナーミュージックでは「55thシングル」と案内されており、配信限定作品を数えるかどうかによって表記が異なります。
まとめ
中森明菜さんは、1982年5月1日に「スローモーション」でデビューしました。
デビュー当時は16歳でしたが、同じ年に「少女A」「セカンド・ラブ」を発表し、早くもまったく異なる3つの女性像を歌い分けています。
その後も、
- 飾りじゃないのよ涙は
- ミ・アモーレ
- DESIRE -情熱-
- 難破船
- TATTOO
- Dear Friend
など、時代ごとに印象の異なる作品を発表してきました。
そして2025年には本人初作曲の「Merry Christmas, My Heart」、2026年には約10年ぶりのシングルCD「ごめんと、すきと、」を発表しています。
発売順にたどってみると、中森明菜さんは一つのイメージを守り続けた歌手ではなく、曲ごとに新しい物語と人物を作り上げてきた歌手だったことが分かります。
松田聖子さんと同じ時期に発表されたシングルを比べたい方は、こちらの記事もご覧ください。
関連記事:中森明菜と松田聖子のシングルを年代順に比較|1982〜1989年
参考資料
- 中森明菜 OFFICIAL WEBSITE「PROFILE/DISCOGRAPHY」
- ワーナーミュージック・ジャパン「ごめんと、すきと、」商品情報
- ORICON NEWS「中森明菜のシングル売上TOP20作品」
- 公益社団法人日本作曲家協会「日本レコード大賞」


